
前回のナリッチ率いる第二軍の崩壊以来、約2ヶ月の間戦いは起こらず、
両軍ともただ対峙するのみ。しかし、水面下の謀略戦は熾烈を極めていた
のだった。
マタリエル軍は、コエリス連合軍によるウーノス奪還が全くの偽情報だった事を
レティシャ砦の軍へ広める為、黒魔術師団に指令を出し、レティシャ砦へ侵入
させて、その噂の傷口を深める工作を行っていた。
これに対し、早急に戦いに勝利したいコエリス連合側は、大魔術師ラロシュの
提案により、『別行動中のデュフォンが大軍を引き連れ、この戦場に現る』
という噂を流し、敵の指揮官達を焦らせようと画策していた。
マタリエル軍の陣地では、すぐに戒厳令が出されたが、ラロシュの配下が
何度も魔法をかけ、一度収束した噂は、最後は尾ひれがついて広まり
始めたのだった。
そんなさなか、エレナはラルフの元へ会いにいった。
「ラルフ、話たい事があるの」
「どうした?・・・こみ入った話なら俺のところで」
そういうと、ラルフは将軍にあてがわれているテントの中へ招いた。広々とした
テントの中は何となく埃っぽいが、魔法の力でひんやりとしており、外の暑さを
忘れさせてくれる。
「お前たちは下がっていろ」
そう部下達に言うと、テントの周辺には誰も近寄らせなかった。エレナは何か
心配ごとがあると思った。テントの上では星の大河が流れている。
「例の捕虜。あれは俺もやりすぎたかもしれん。だが、セルキスは俺が倒し
たいんだ。わかってくれエレナ。」
「ううん。そんな事じゃないの。」
そういうとエレナはいっそう心配そうにラルフを覗き込む。
「じゃあ、どうしたんだ。改まって。」
「ラルフ、あなた若しかして提督に無断で出撃しようと?」
ラルフは鎧を脱ぎ捨て、ラフな格好になった。
「もし、そうだとしたらどうなんだ?」
エレナの予想は当たっていた。ラルフはデュフォンが援軍として来るうわさを
信じ、行動に起こそうとしている。エレナはラルフの手にそっとその白い手を
重ねた。
「いま行ってはダメよ。セクリィスは強い。そう簡単には・・」
「なら、俺が負けるとでもいうのか?」
「そんなんじゃないの。なんていったら言いか・・・。そう、これは勝ち負けの
問題では無く、あなたが無事かどうか。そういう問題なのよ。」
「どんな問題でも俺は打ち勝って見せるさ。」
ラルフはいままでに無いくらい、やさしくエレナを諭すつもりだった。これまで自分
の妹の様に可愛がってきたとはいえ、最近は冷たく接しすぎた。その点を重々
反省しているのだった。
一方エレナは、いい加減一人の女性としてみてもらいたい。既に年下の近所の
娘では無く、将軍とその参謀。ある意味等価である事を望んだ。これは、決して
権力の渇望からではない。
「あなたは、わたしを今まで守ってくれた。だけど私も貴方を守る事があった。
いえ、決してあなたが劣っているという事じゃなく、私も貴方と同じ、全く同じ
なのよ。」
そういうと、ラルフの手を離し、後ろを振り向く。と、そこには一輪の花が飾って
あった。ラモラシュの花。この花は、砂漠地帯でも一生懸命に咲く。この花の
花言葉は『永遠の愛』だが、コエリス教団の教えに基づく花言葉を二人とも
知りはしなかった。
「よくわからないな・・」
「わからなくてもいいの!私は貴方を失いたくないのよ!」
そう言う瞳はうっすらと濡れていた。彼女はラルフにひしとしがみつく。
「あなたを愛してる」
そういうと、いっそう彼女はその腕に力を込めるのだった。
ラルフは正直驚いた。
今まで妹のような存在で、全く女性としては意識してこなかった。こんな半端な
気持ちでは彼女の心は受け入れられない。
しかし、彼女は今では参謀の筆頭格。彼の進軍を邪魔しようと思えばいくらでも
できる筈・・・。そう打算的に考えると、エレナの唇へその乾ききった唇を重ねる
のだった。
その晩、二人は愛し合った。いや、正確に言うと片方は心から愛し、片方は己の
欲望を満足させただけ・・・・。それでもお互い一晩中離れずに愛し合ったの
だった。
明け方になってうとうとし、目が覚めたときには彼はいなくなっていた。まるで
すべてが夢のようだったように思えた。薄い掛けぶとんの下に横になっている
と、心に訴えかける様々なイメージがゆっくりと浮かんでは消えた。
まぶたの裏に光が踊り、やさしく揺すられているような気分だった。幼女に
戻った様な気がした。しかし、あの時と違って、エレナの父親は彼女の理解
できない病気にかかって死に掛けてはいないのだ。あのラルフの両親が
最後にかけた呪いによって、彼女の両親も死に絶えた。だが、ラルフは
いまだにしっかりと生きている。
しかし、服を着てテントを出ると、辺りの様子が変だ。周辺のダークナイトの
部隊は、一夜のうちに消え去っていた。
テントの中では、ラモラシュの花びらがひとつ、ぽとりと落ちるのだった。
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