
真っ暗な空間がドロドロと溶け始める。いや、空間が溶けているのではなく、
自分の体が溶けているのだった。
気がついた時には、セスの体は足を食いちぎられており、既に意識は朦朧と
していた。ここがどこなのか、さっぱり検討もつかない。
「俺は、あの化け物に食いちぎられて・・・ここは・・・死後の世界?」
全く想像もつかなかったが、ここはスレイドの体内だった。何となく事情が
飲み込めたが、どうしたらいいかわからない。セスは呆然とした。まさか
こんなところで死ぬとは、思ってもみなかったのだ。
セスはその昔、シティス=テラの町に進入した魔物と戦った時の事を思い
だした。その時に一緒に戦った仲間たち。いまは、その半分しか生き残って
いないが、ロリポップやズブなど、信頼できる部下にもめぐりあえた。
そしてなにより、最愛の女性とめぐりあった。一生この女性を守っていこうと
誓った。しかし、数年後ウーノスへ向かったときに魔物に襲われ、彼女は
あえなくこの世を去った。それ以来、セスは形見の娘を一生懸命育ててきた。
今、彼女はクロノス城でセスが無事に帰ってくる事を、必死にコエリス神に
祈っているに違いない。
と、胃液で半分溶けかかったその手に、何か感触があった。
「フ、フレドリックの、お、親父、いい仕事・・・してるぜ。」
そう、あのギガツーハンデッドソードだった。セスは自分の愛用の剣を掴もうと
するが、スレイドが動いた瞬間に、また、胃液の波に飲まれてしまう。既にその
鎧は殆ど朽ちかけているが、何とか原型らしいものを留めていた。その鎧の
おかげで何とかまだ生きている。そして、どうにか剣を握りなおすと、最後の力
を振り絞る。
「カ、カイラ・・・お前は生き残れよ・・」
セスは最愛の娘〜後の世にカイラという女性が合成屋を営むが、彼女の先祖
にあたる〜へひとり、そう言い残すと、上半身だけでなんとか体勢を立て直す。
「クロノスの神々よ・・・、わ、我に、ち、力を与えたまえ!」
そういうと、セスは最後の力を振り絞り、スレイドの体内で、バルハラキャノンを
放っつのだった!
辺りは一瞬にして爆発し、真っ暗な空間に炎の光が宿る。
「な、なにぃぃぃ!バカな!」
スレイドは、自分の体内からほとばしる光に埋もれ、辺りは爆発の渦に
巻き込まれたのだった。
後方から凄まじい爆発の音が聞こえた。しかし、ラルフはそんな事に構わず、
セルキスを追い詰める。セルキスは既に息が切れ、どうにか立っているのが
やっとの状態だった。
「ようやくだな、これまで・・・長かった」
ラルフはそういうと、巨大な爪で最後の仕上げを行おうとしていた。
「こんなに簡単にお前を倒せるとは。思ってもみなかったぞ。もう少し楽しま
せて欲しいものだ!」
「狂ったカマキリの化け物が!お前が言ったその言葉、覚えておけよ。」
そう言い放つと、セルキスはなんと魔法の剣で、自らの右腕を斬りつけた!
辺りには大量の血が放出し、血煙が舞う。
「血迷ったか!我を傷つけたその剣で、今度は自らを傷つけるとは。」
「ち、血迷ってなどいない。このレティシャの守備隊長はそんなヤワでは
ないわ!」
そう言い放つと、セルキスは自慢の魔剣を生きている左手で正眼にかまえ、
なにやら呪文を唱え始めた。すると、みるみるうちに、剣が右腕に同化していく
ではないか。
「わが魔剣の味、とくと味わえ!」
そう叫ぶと、すぐさまラルフの頭上を飛び越え、背後からまっすぐ斬りつけた!
ラルフの尾は一瞬にして切り裂かれる。
「ぬおおおおお!まだ抵抗するか!貴様など紙のように切り裂いてやるわ!」
ラルフはすかさず反撃をするが、セルキスは一瞬にしてジャンプし、難なく攻撃
を避ける。セルキスの剣は既に右腕に固定され、より一層光を帯び、さながら
右腕自体が光っている様に見える。この魔剣の威力は、使用者と合体する事で
最高の威力を放ち、使用者の能力を極限まで引き出す事ができるのだった。
「食らえ!」
セルキスはいつの間にか、息も整い、凄まじいまでの運動量で、ラルフをかく乱
する。そして、一瞬の隙を突き、右腕をラルフの腹へ突き出した!
ガシュ!
ラルフの腹に深々と魔剣が突き刺さった!あたり一面に緑色の液体が散る。
「ぬうぅ。だが、これで終わりと思うなよ!」
ラルフはあっけなく朽ち果てると思われた。しかし、腹に突き刺さった剣は全く
抜くことができない。セルキスは懸命に抜き出そうと必死だったが、ラルフは
苦痛をよそに、腹に力を込め、この邪魔な剣を封じたのだった。
そして、ラルフはその巨大な爪で、セルキスの首筋を左右から押さえ込んだ。
バシュ!
その首は、あえなく吹っ飛ぶ。
ここに英雄セルキスは戦死したのだった。
しかし、ラルフの腹には魔剣が突き刺さったまま。いっこうに緑色の体液は止ま
らない。そんな時、ラルフは、ふとエレナの事を思い出す。あの晩のこと、そして
その後エレナがどういう思いだったか・・・。あの時は、本当に心から愛しては
いないのに彼女を抱いた。しかし、目的のセルキスを倒した今、空っぽに
なった心の中で、やはりエレナをいとおしいと思う様になったのだろうか。
自分の心が変化していく気がする。罪悪感か?いや、これが愛というもの
なのか?そんな彼の緑色の液体は、ドロドロと溢れ出している。
「お、俺はセルキスを・・・、倒した。エレナ・・・、お、お、俺はやったんだ。」
やがて、ズシンという、とてつもない音とともに、大地に身を横たえるの
だった。
その頃、エレナはラロシュと魔法の打ち合いを演じていた。
しかし、遠くでカマキリの化け物と化した、シュレーダーが倒れるのがわかった。
「ラ、ラルフ?ま、まさか・・・」
その一瞬の隙を突き、ラロシュは『クリムゾンストライカー』を唱え、天の雲石を
召還し、エレナに叩きつける!ラロシュが力の限り放ったこの究極の魔法に
より、孔雀の化け物は大きくぐらつくのだった。
「もう、これで戦う理由も無くなった。でも・・・お前は、道連れにしてやる!」
エレナはそう叫ぶと、その目からばっと炎が燃え上がる。そして、ラロシュの
体をその羽で掴んだ。ラロシュは必死に抵抗するが、巨大な化け物の
凄まじいまでの怨念が、彼を虜にしてしまった。
「ラルフ。すぐに貴方の元へ・・・」
そういうと、エレナの体は一瞬にして炎を帯び始める。ラロシュともども、その
地獄の業火で燃え尽きるのだった。
第七章 完
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